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南アフリカ 帰国報告会  
2006年8月29日 更新
 

南アフリカ事業担当:渡辺直子

会場の様子
予想を超える60名の方がご参加下さいました。

5月12日(金)、都内で南アフリカ事業現地代表の津山直子による南アフリカ報告会を開催いたしました。タイトルは「『虹の国』づくり 12年のあゆみ 〜南アフリカと私たち」。94年から12年に渡り南アフリカに駐在して活動を続ける津山ならではの報告会にしようと、プロジェクト紹介のほかに、アパルトヘイトとその後について、南アの人々の生活についてなどの話題を盛り込みました。金曜日の夜であったにもかかわらず、予想を大幅に超える60名ほどの方にご参加いただき、スタッフ・ボランティアともども大忙しでした。 ここでは津山の話の一部をお伝えします。


【ソウェト蜂起から30年の節目に】
写真を使って現地の活動について説明
 1976年6月16日に南ア最大の黒人居住区・ソウェトで中学生・高校生が不平等な教育に反対するデモを行い、そこで警察が発砲、約200人の子供たちが亡くなった「ソウェト蜂起」が起こりました。それをきっかけに、反アパルトヘイト(人種隔離政策)への抗議運動が南ア全体に広がりました。  南アで今、6月16日は「青年の日」の祝日で今年は「ソウェト蜂起」30周年です。「黒人としての誇りを取り戻して、もう一度立ち上がるんだ」という黒人意識運動が高まり、80年代に反対運動はさらに広がりました。それに対し白人政権による逮捕、拘留と拷問、あるいは暗殺などの事件が頻繁に起こり、86年には非常事態宣言が出されました。

【南アに関わるきっかけ】
 私はそのころ、スウェーデンで福祉の勉強をしていました。南アの民主化運動への支援が、政府、市民レベルでも盛んで、私も少しずつ活動に関わり、日本に帰国後も活動を続けました。  次第に国際的な連帯運動が広がり、経済的に追い込みアパルトヘイトを終わらせようと国連による経済制裁なども行われました。南アは、金やプラチナ、希少金属とよばれる鉱物が世界で1番豊かな国です。日本はこのような経済措置があったにもかかわらず、87年に南アとの貿易高が世界でトップになり、国際的に強く批判されました。  当時は南ア国内で非合法団体とされ、今は政権党になっているANC(アフリカ民族会議)が多くの日本人に南アへの理解を広げようと東京事務所を88年に設置し、私はそこで働きました。

【アパルトヘイト廃止と虹の国づくり】
 90年にネルソン・マンデラ氏ら政治囚が釈放され、同時にANCなどそれまで非合法化されていた団体が合法化されるなど、アパルトヘイト廃止に向けて大きな進展がありました。 CODESA(民主的な南アを目指す大会)が開催され、白人、黒人、右翼から左翼まで多くの支持基盤の政党が参加、複雑な問題を一つ一つ話し合いで解決しようとしました。交渉は何度も挫折しかけましたが、それらを乗り越えて94年に初の全人種参加の選挙が行われました。南アの人々は「虹の国」、肌の色だけではなく多様な文化や宗教、言語などの違いを尊重する国を目指しました。

【JVCの活動開始】
 私はANCで働いていたので、南アへの入国を拒否されていましたが、ANCが合法化された90年に初めて南アに行くことができました。そのころのソウェトでは、デモの監視などに多くの装甲車や軍隊、警察が出ていました。  アパルトヘイト下では人種ごとに住む場所が決められ、都市部では狭い黒人居住区で飽和状態になった人口がスラム地域を形成しましたが、不法居住区としてブルドーザーで壊されたり、強制退去させられることもありました。JVC(日本国際ボランティアセンター)は、92年に南アでの活動を開始し、日本のNGOとしては最初の現地事務所を開設しました。スラムが合法的な居住区になる準備として、トイレや水道を整備、保育園の運営などを行いました。

【虹の国への人づくり】
 94年にJVCは人材育成活動を始めました。国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)と協力、帰還難民や貧困家庭の青年や女性たちが専門的な技術を学べるよう奨学金を出し、学んだことを地域で生かす支援につなげました。学校のないスラム地域で、住人たちが力をあわせて子供たちの教育の場を作ろうと運営していたコミュニティー・スクールへの支援も行いました。

【ホームランドと女性】
 アパルトヘイト時代に、民族別に分断された黒人の土地がホームランドです。その一つがコサ人の住むトランスカイです。ホームランドでは女性と子供、老人しか見かけず、働ける男たちは鉱山、白人農場、都市の工場に出稼ぎに行っていました。土地を奪われた黒人は、家畜にも税金がかけられ、農業だけでは生活できず、安い労働力として経済成長のためのシステムに組み込まれました。  取り残された女性が「自分たちの能力を生かして一歩ずつ進んでいける」ことに気づくことから、生活改善は始まります。JVCは女性たちの協同組合の運営や養鶏や農業、金網作り、裁縫などの技術訓練を支援しました。

【農村で大切なこと】
南アの農村では、農業が衰退し、10%以下の自給率です。JVCは食料生産が滞った村で土壌など環境を回復し、食料生産を向上させるなど農村での活動に重点的に取り組みました。  南アは国内に南北問題があるような国です。大企業の製品も販売されており、村の小さな協同組合でパンを作っても競争できず、流通段階で多くの厳しい経験をしました。そのため、村人と共に試行錯誤し「農村で何が一番大切か」を考えました。その結果、自然が大切であり、その場所で自分たちの食べ物を作ることだと気付きました。自給自足ができて、将来的に出稼ぎに行かなくてもよい村づくりを目標としました。民主化の次の段階として、それまで黒人地域には無かった地方自治体がつくられ、憲法と法律の面からも村人たちの生活向上を目指して考えました。

【環境保全型農業】
 現在、JVCは「環境保全型農業」を広めています。農薬や化学肥料を使わず、堆肥や混作、輪作、雨水の有効利用などで土壌を良くしていくことで生産高を上げる有機農業の方法です。また、種の交換など村人同士が協力しあっています。これまでの5年間で、農民自身が自発的に活動を広げていくようになりました。JVCが支援を終えても、活動が継続されることが大切です。 目標とすることを共有し、一歩ずつ活動を実現することで力が付き、地域の中でその自信や誇りがより大きく強くなっていく。そうした相互作用があって、地域で生産と消費ができる地域づくりができます。そして、他のNGOや行政と連携し、さらに多くの地域へと広げていきたいと思います。

【HIV(エイズ)に対して】
 現在、南アは世界で最もHIV感染者が多く、成人の5人に1人が感染と予想され、最も深刻な課題です。民主化当時、これほど感染者が急増するとは思いませんでした。現在、HIVは保健医療というより、地域に影響を及ぼす「DEVELOPMENT/開発」の問題です。地域の人々が対応するためにも「人づくり」が重要です。HIVへの偏見や差別は非常に強く、自分が感染しているということを言える人はまだまだ少数です。陽性者が悩みを話し合ったり、治療の知識を得るための自助グループへの支援や、村で病人をケアする介護ボランティアを育成しています。  エイズで親を亡くしたり、生活が非常に困難になった家庭の子供たちへの支援も大切です。また、HIVにより免疫力が低下することをできるだけ抑えるためにも十分な栄養が必要なので、家庭菜園を作り、常に新鮮な野菜や果物が食べられるよう、研修やアドバイスを行っています。

【南アで活動を継続する理由】
 南アは「世界の縮図」のような国です。グロバリゼーションの波が高まりで、一部の国、一部の企業が非常に大きな影響力を持ち、アフリカの多くの国では貧困がより深刻になっています。アパルトヘイト下では、白人大企業が経済のほとんどを握り、黒人は商売も禁止されていて、白人社会に経済的、精神的にも依存していました。民主化後、黒人自身が自信と誇りをもって地域、社会づくりを進めていく。そこに私たちがどう関わるかが大切です。  南アはアフリカの中で最も経済力があり、金やプラチナ価格も上昇し、景気は上向きですが、一方で経済格差はより拡大しています。黒人間の格差も広がる中で、貧しい人の暮らしは変わっていません。その底辺を良くしていくためにも「人づくり」が今も必要です。  またエイズに関しては政府の対応が遅れ感染が拡大、多くの人が亡くなりました。政府はお金を有効に使っておらず、政策を待っているだけでは結局、深刻な状況は変わりません。そうした中で、村人たち自身が予防やケアに関わることの大切さを考え始めています。  

【南アと関わり続けて】
参加者からの質問に身振り手振りを使って回答
 民主化後、南アは良くなると思っていましたが、現実的には新しい国づくりは簡単ではありません。どんなに弾圧されても、「パンビリ」(前進しよう)という黒人たちの力強い思いと行動があり、アパルトヘイトが撤廃されました。しかしその後、それまでは同じ目標に向け一緒に活動してきたのに、目指す方向がいろいろ出てきて、多くの人が自分の地位やお金だけを考えるようになりました。  その中でも、貧困地域で自分たちの生活を改善しようと頑張っている人も多くいます。貧しいがゆえに互いに協力して、物や力、時間などあるものを分かち合う。それらの思いを共有できることが私の一番の喜びと活力で、自分自身が多くのことを学びます。 そうした積み重ねが次の世代を育てます。そこで頑張っている人々と私たちがつながっていくことが、新しい国づくりを支援していくことになると思います。
 以上  報告会の中で、また報告会後のアンケートでたくさんの質問をいただきました。すべては網羅しきれませんが、その中から主なものを選んで回答させていただきました。詳細はこちらをご覧ください(現在準備中です)。
 なお、この報告は、北海道・酪農学園大学の学生サークル「FACE」の皆さんのご協力のもと作成されました。

 
 


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